台北のパブリックアート・プロジェクト「平凡な人々のための萬華散歩」が試みたものとは。都市の記憶と身体の関係を歩く
昨年、台北で行われたパブリックアート・プロジェクト「平凡な人々のための萬華散歩」。本プロジェクトで発表された作品について、台湾の都市におけるパブリックアートと市民の関係を読み解きながら紹介する。

台北のパブリックアート
台北という都市をきまぐれに歩く、それはひとつの編集的かつ創造的な行為である。五感を羅針盤にして、視覚で風景のなかの違和感をとらえ地層のように蓄積した記憶への裂け目を探しだす。嗅覚で水の匂いを察知してかつての川跡や暗渠をたどる。聴覚で行きかう車の喧騒のなかにかつて存在した踏切と汽笛の音をきく。昔ながらの道路ぞいには美味しい老舗がかならずあるし、細ながく桃色がかった石組みの壁を触れば、100年以上前にこの石が城壁のどこかの一部だったころの温度を伝えてくれるだろう。そうこうしているうち、頭の中にわたしだけの台北地図が出来上がっていく。
そうしてこの地図はほかの誰の地図とも接続可能である。その接続を可能にするもののひとつに、「公共芸術(パブリックアート)」があるだろう。
台湾では1998年に「パブリックアート設置法」が設置された。これは当時、台湾美術界の中心にいた蕭麗虹(シャオ・リーホン)、范姜明道(ファンジャン・ミンダオ)といったアーティストらを中心に推し進められたもので、公共建築予算の1パーセントをパブリックアートに運用することが定められている。

近年、公共建築の老朽化が進んでいる台北市では、地価の高騰と共に都市の再開発が急務となっている。そこで台北市が主導して、国営住宅のほか廃校や古くなった福祉施設などを含めた市内40か所の社会住宅が再開発の最中だが、これに伴って地区ごとに「パブリックアート設置法」に準じた公共芸術プロジェクトが進んでいる。キュレーターの吳慧貞(ウー・フェイツェン)が企画したこのプロジェクトの名称を「家在台北 - HOME TO ALL」といい、具体的には
- 恒久的なアート作品の設置
- 「芸術社会工程」と呼ばれる参加型プロジェクト
- 常駐のアートワークステーションを導入
といったアートレジデンス計画から、多様な創作や活動を通じて地域との対話やつながりを深め、社会住宅を「市民の共通の家」として機能させるのを目指しているという。

このHOME TO ALL計画では、地域ごとにそれぞれ3年を一期として文化資源が継続的に提供されるが、昨年、萬華区において3つの社会住宅を舞台に展開したのが、この「平凡な人々のための萬華散歩」だ。本プロジェクトのキュレーションは、キュレーターの林宏璋(リン・ホンジョン)、企画を手掛けたのは同区に位置する現代アートのオルタナティブ・スペース「水谷藝術」である。
萬華で再開発をむかえる3つの社会住宅を拠点とし、アートをもって「家」を切り口に近代以降の都市の記憶――植民地史、労働史、都市史――を掘り起こしたこのプロジェクトは、そこにコミットする概念として、ミシェル・ド・セルトーが提唱した「歩行者の修辞学」を中心に据えた。ここで「まち歩き」という行為は、都市を歴史や記憶、生活の痕跡が交差する重層的な空間として再構築していく美学的実践と位置づけられる。またそれは、地域住民(=平凡な人々)に新たな「語り手」としての声をもたらし、民主主義を再定義していく取り組みでもあるとキュレーターの林宏璋はいう。