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2025.6.1

町田の新美術館「国際工芸美術館(仮称)」は2029年に開館できるのか。異例の建設契約辞退が発生、計画の再考求める市民も

東京・町田の町田市立国際版画美術館に隣接する芹ヶ谷公園内に開館予定の新美術館「(仮称)国際工芸美術館」の建設延期が続いている。入札不調、計画見直しを訴える近隣住民や市民の運動、市が「計画に変更はなく2029年の開館を目指す」とする同館に何が起きているのか。経緯と現状を取材した。(6月8日〜プレミアム限定公開となります)

文、撮影=永田晶子

町田市立国際版画美術館前に市が設置した工芸美術館「建築計画のお知らせ」の看板。完了予定は「未定」になっている
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 東京・町田の町田市立国際版画美術館に隣接して芹ヶ谷公園内に開館予定の新美術館「(仮称)国際工芸美術館」の建設延期が続いている。工芸美術館の新築工事は入札不調が続き、4回目で応札した建設会社も仮契約解除を市に申しいれ着工に至らない異例の事態に。計画見直しを訴える近隣住民や市民、美術家による運動も起きている。市は「工芸美術を新設する計画に変更はなく、今後は2029年の開館を目指す」とするが、何が起きているのか。経緯と現状を取材した。

公園内に版画美術館と一体的に整備

 JR・小田急線の町田駅から徒歩十数分、市街地に位置する芹ヶ谷公園(1982年開園)は谷戸の地形を利用した広さ約11.4ヘクタールの市立公園だ。起伏に富む園内には雑木林が広がり、都内では珍しいホタルをはじめ多様な昆虫と動植物が生息し、地下水が湧く湧水源もある。敷地には複数の広場や散策路、遊具がある冒険広場、大池が整備され、園のシンボル的な飯田善國の巨大モニュメントなどの野外彫刻作品も点在。工芸美術館は、園内南側に立つ版画美術館の北側の斜面地に建設される予定だ。

谷戸の地形を生かした自然豊かな芹ヶ谷公園
飯田善國の動くモニュメント《彫刻噴水・シーソー》(1989)

 計画では、工芸美術館は地上3階建て延べ床面積約2000平米。1階はロビー、チケットカウンター、3つの展示室といった施設の主要機能が入り、2階は景観が楽しめる屋上テラス、3階はトラックヤード、収蔵庫は1~3階を貫く3層構造になる。収蔵品は、2019年に閉館した市立博物館が収集したガラス工芸や陶磁器など約4000点を引き継ぐ。市の担当者によると、収蔵品には国内ではまとまっていることが珍しいボヘミアンガラス約130点や、所蔵館が少ないベトナムやタイ、クメール(カンボジア)の古陶が多数含まれる。

 版画美術館とは2階のブリッジで連結し一体的に整備。2館連結により館内を介した新たな動線をつくり出し、高低差がある園内の利便性や街中との回遊性の改善を図る。版画美術館は1階に導入スペースの「アート・出会いの広場」を新設し、ワークショップや作品展示、フォーマンスなど様々なアート体験を提供。現在1階にある版画工房とアトリエ、喫茶室は同館西側に新築するアート体験棟に移る予定だ。総事業費は、計約43億8000万円を見込んでいる(アート体験棟を除く)。

町田市立国際版画美術館の鳥瞰イメージ(町田市「芹ヶ谷公園"芸術の杜"プロジェクト パークミュージアムDESIGN BOOK」より)
上から見た工芸美術館(右の建物)と改修後の版画美術館(町田市「芹ヶ谷公園"芸術の杜"プロジェクト パークミュージアムDESIGN BOOK」より)

財政事情、入札不調……開館予定を再三変更

 経緯を振り返ってみよう。新美術館の計画は、08年の市の事業仕分けで市立博物館が施設の老朽化等を理由に「不要」と評価されたのが端緒だった。市文化施設の今後を検討した有識者委員会は、博物館が収蔵する工芸コレクションを歴史民俗史料と切り離し、コレクションは版画美術館とともに「美術ゾーン」を形成して文化都市としてのイメージ向上や集客強化につなげるべきだと結論づけた。これを受け、市は14年にコレクションを活用した工芸美術館を版画美術館に隣接して建設する整備基本計画を策定。16年に公募型プロポーザルで選定されたシーラカンスアンドアソシエイツの基本設計案を発表し2022年の開館を目指したが、財政事情や計画内容を理由に建設は先送りになった。

パークミュージアムのイメージ(町田市「芹ヶ谷公園"芸術の杜"プロジェクト パークミュージアムDESIGN BOOK」より)

 市は、美術館単体の計画を見直し、新たに「芸術の杜」をテーマに芹ヶ谷公園と工芸美術館を一体的に整備する「パークミュージアム」計画をまとめ、2020年に公表。市のDESIGN BOOKによると、パークミュージアムは「鑑賞するだけでなく、町田の多様な文化芸術の活動や公園の豊かな自然を体験しながら学び楽しむことができる新しい体験型の公園」を目指す。2度目のプロポーザルで選定されたオンデザインパートナーズ及びstgkとYADOKARIの共同企業体が公園・美術館の一体的整備のデザイン監修と設計業務を委託され、工芸美術館の基本設計はオンデザインパートナーズが受託。市議会の計画承認や市民への説明を経て、実施設計が完成した工芸美術館の新築工事の入札を23年に計3回実施したが、どれも入札はなかった。

 入札不調が続いた理由として、市文化スポーツ振興部美術館課は近年の建設費の高騰や現場監理技術者の不足を挙げた。事態打開のため、市は外部の専門家がサポートするコンストラクション・マネジメントを導入し、価格や工期を精査。4回目の入札で、土地活用コンサルティングや住宅・商業施設の設計・施工を主軸に弘前れんが倉庫美術館(青森)の改修工事にも参画した建設会社「スターツCAM」(江戸川区)が昨年落札して仮契約を結んだ。だが同社は今年1月に仮契約解除を市に申し入れて本契約に至らず、着工できなかった。

 美術館整備担当課長の原田大地は「解除理由について同社から納得できる説明は得られなかった。仮契約後の辞退は全国的にも異例と思われ、非常に遺憾。工芸美術館の開館が再び延期となり、楽しみにしていた市民に申しわけない」と話す。今後、省エネ法(エネルギーの使用の合理化及び非化石エネルギーへの転換等に関する法律)改正に対応する修正設計を行い、工芸美術館の開館は2年延期して29年4月を目指す。改修される版画美術館は一時休館し、同年1月に再開館する予定だ。

世界でも稀な個性持つ版画美術館

 ここで版画美術館の特徴を改めて見てみたい。同館は、国内唯一の版画専門の美術館として1987年に開館した。同館学芸員の町村悠香によると、公立館として比較的後発だったため「特色ある美術館にすべき」との意見が開館前の準備委員会からあがり、扱う分野を版画に特化した経緯がある。

 「浮世絵は世界的に評価が高く、古今東西行われてきた版画は国際的な普遍性もある。当時活況だった国際版画展などを舞台に日本の作家が多く活躍し、美術大学が70年代以降に版画科を相次ぎ新設したように、現代美術の中で注目が高まっていた時代状況も開館を後押ししたと思われる。版画作品は、一級品でも購入価格が抑えられ、良質なコレクションを形成しやすいメリットもあった」と町村は説明する。

町田市立国際版画美術館

 収蔵作品数は、約3万3000点と国内トップクラス。日本を中心に海外作品も対象に収集し、内容は国内現存最古の印刷物(8世紀)から仏教版画、浮世絵、創作版画、現代作品まで幅広い。レンブラントやデューラー、ゴヤら西洋の巨匠の版画作品や、畦地梅太郎や若林奮ら市にゆかりがある作家の寄贈作品も多数含まれる。

 同館のコレクションの厚みは、開催中の企画展「日本の版画1200年―受け止め、交わり、生まれ出る」(〜6月15日)でも見て取れた。町村学芸員が担当した同展は、日本の版画の歴史を「文化交流」の視点から約240点で辿るものだが、奈良時代から現代までの通史的な展覧会をほぼ自館の収蔵品だけで実現している。休館時期が確定せず、他館から作品の借用も困難ななかで、充実した内容に美術館としての力を感じた。次回展「版画ってアートなの?」(7月5日~9月21日)も館コレクションを中心に多様な表現や複製技術を紹介するという。

「日本の版画1200年」展の会場風景より、手前は現存する国内最古の印刷物の「無垢浄光大陀羅尼経」(764~770)
「日本の版画1200年」展の会場風景より、棟方志功「二菩薩釈迦十大弟子」(1939/1948、部分)。本作は第28回(1956)ヴェネチア・ビエンナーレ版画部門グランプリ受賞

 併設の版画工房も大きな特徴。誰でも利用できる公立版画工房としては国内最大規模で、銅版画、リトグラフ、スクリーンプリント、木版画の4版種を中心に本格的な版画制作ができ、技術指導や普及事業に携わる専門スタッフ(4人)も配置。各種技法が学べる実技講座を年20回以上開催し、月10回ほどの一般開放の年間利用者数は延べ数千人に上る。

 担当学芸員の渡辺利江は、「個人情報保護の観点から詳細は把握していないが、一般開放の利用者の年齢や版画との関わりは様々で、市内だけでなく関東一円の方に利用していただいている」と話す。美大卒業後の制作場所に利用したり、子どもや初心者が体験したり、作家が発表用の作品を刷ったりと、様々な形で活用されているようだ。

 工房は来館者が行きかう廊下に面した一面がガラス張りになっていて、外から作業を見学できる。作品を鑑賞し、制作工程に触れ、つくる楽しみにもリーチできる──。その意味でも、版画の総合美術館なのだ。この世界でも稀な個性は、地元の大きな文化資源と言えるのではないか。

版画美術館の廊下側から見た版画工房

計画見直しを求める市民団体や美術家

 現行計画に異議を唱え、見直しを市に求めている複数の市民団体に話を聞いた。「工芸美術館の建設自体に反対はしていない」としながら、各団体が挙げた主な疑問点は以下となる。

  • 工事で谷戸斜面の地形が削られ、樹木が対象に伐採され自然環境が破壊される
  • 計画地の斜面地は土砂災害発生の恐れがある
  • 平地に比べ斜面地の建設費は割高で、税金が投入される予定整備費が膨張している

 最初に声を挙げた「町田市立国際版画美術館の工房を守る会」代表の三澤喜美子氏は、ギャラリーでの個展や本の挿画を手がける同市在住の版画家。同館の実技講座を機に版画の道に入り、現在も工房を週1回程度利用して「版画美術館育ち」を自認する三澤氏は次のように話す。

 「2020年夏にウェブ版『美術手帖』の記事で工芸美術館の概要と工房移転計画をはじめて知り、驚いた。中林忠良氏(版画家・東京芸大名誉教授)が設計・監修した工房は、芸大レベルの設備と機能性を備え、十分稼働できているのに取り壊す理由がない。版画美術館の建物(設計・大宇根建築設計事務所)は、第27回BELCA賞ロングライフ部門を受賞するなど評価が高く、周囲の自然と調和した美しい建築空間を維持してほしい」。

 工房を守る会は、市民や美術関係者に呼びかける署名運動を行い、集まった約4000筆を市長に提出。2020年12月議会に、「町田市立国際版画美術館の版画工房・アトリエ移転の見直しを求める請願」を出したが否決された。一般社団法人・日本美術家連盟(会員約4000人)も「版画美術館及び付属版画工房の改変、取壊、移転の再考に関わる要望」を市に2022年に提出するなど、波紋は美術界にも広がっている。

町田市立国際版画美術館の内観

 近隣住民などがつくる「芹ヶ谷公園と周辺地域の環境を考える会」代表の草柳二郎氏は、「現行計画の斜面地は、建設費に加え建物の維持管理費も割高になり、周囲を土砂災害警戒区域に囲まれている。建設場所を見直し平地に変更するべきだ。別の団体で芹ヶ谷公園の自然を保全する活動をしているが、樹木の落ち枝や倒木が多発しており、工事でさらに森林破壊が進む」と主張。「芹ヶ谷公園近隣住民有志の会」代表で司法書士の清家亮三氏は、「公園のすぐ横に家があるが、2022年9月に市の説明会があるまで近隣住民の大半が建設計画を知らなかった。情報開示や住民参画の点で問題がある」と話した。「決定プロセスに不透明感がある」「市民との対話による合意形成が不十分」の意見、アート体験棟に版画工房が移転することで美術館活動との一体性が損なわれないかと危惧する声もあった。

芹ヶ谷公園の近くに立つ工芸美術館建設計画の見直しを訴えるノボリ

 予定地の膝元で意義申し立ての声もあがるなか、建設計画が進行する工芸美術館。町田市は「今年度内の事業者との契約、着工を目指す」としている。しかし、建て替えのため2023年に休場した国立劇場(千代田区)は入札不成立が続き再開の見通しが立たず、目黒区美術館と区民センターの一体的な建て替え計画は事業費膨張の理由で「白紙」になるなど、建設費の高騰は他の文化施設も直撃しており、さらなる曲折もありそうだ。