2025.8.25

VTuber・儒烏風亭らでんインタビュー。美術の楽しさを多くの人に届けるその偏愛はいかに生まれたのか

新旧和洋を問わず文化や芸能に造詣が深く、学芸員資格を有し、美術館と数々のコラボレーションをしてきたことでも知られる、hololive DEV_IS(ホロライブデバイス)所属のVTuber・儒烏風亭らでん。その美術愛はどのように生まれたのか、話を聞いた。(本記事は8月26日17時〜プレミアム会員限定公開となります)

聞き手・文=安原真広(ウェブ版「美術手帖」副編集長)

儒烏風亭らでん ©COVER
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儒烏風亭らでんはなぜ美術を愛するようになったのか

──美術や骨董、古典芸能に造詣の深いVTuberといえば儒烏風亭らでんさん、という評価が定番になって久しいです。サントリー美術館箱根ガラスの森美術館の音声ガイドを務めるなど、美術館とのお仕事も多く、さらに6月には監修を務めたアートとパズルを組み合わせたゲーム「ピクロス™ 儒烏風亭らでんがご案内!ピクセルミュージアム」も発売されました。まず、らでんさんが美術に興味をもったきっかけを教えていただければと思います。

 高校時代に写真部に入り、写真館でアルバイトをするほど、もともと写真には強い興味がありました。日常のなかでちょっとおもしろい写真を撮影するのが好きだったんですね。ロバート・メイプルソープのモノクロ写真に出会ってからは本格的に写真の道を志すようになり、カメラマンを目指して福岡から上京し、写真と映像を学ぶ専門学校に入学しました。

 写真だけでなく、とくに美術を意識しだしたのは、たまたま東京国立博物館を訪れたときに、常設展示の能面を見て衝撃を受けたことがきっかけです。「美しい」と感じると同時に、日本で生まれ育ったのに日本美術について知らない自分に気づき、そこから広く美術や工芸に強く興味を持つようになりました。

──東博での能面との出会いをきっかけに、興味を深めていき、学芸員資格を取るまでになったのですね。

 専門学校の先生に大学進学を勧められ、学芸員資格課程がある大学への進学を決めました。学部は写真を中心に学ぶところでしたが、広く美術史を勉強しましたね。

 実習もすごく印象的でした。私は写真を専攻していたので、実習は写真専門の美術館で行ったのですが、館の裏側を見られたり、教育普及プログラムを体験できたりして、いまにつながるとても良い経験ができたことを憶えています。写真だと、フィルムの保存方法ひとつとっても、絵画とはまったく違うので学びが多かったです。

──多くの展覧会に足を運ばれていますが、これまでに印象に残った展覧会はありますか?

 箱根のポーラ美術館で見た「シュルレアリスムと絵画」(2019)です。自分の持っている美術の固定観念が覆されました。あと、小学生当時に学校行事で足を運んだ福岡市美術館で見た吉原治良が、シュルレアリスムに影響を受けた作家のひとりとして紹介されていて、会場で再会できたことも嬉しかったです。同展をきっかけにシュルレアリスムや具体美術協会についても深く調べるようになりました。

 「森村泰昌:ワタシの迷宮劇場」(京都市京セラ美術館、2022)も本当にすごかったですね。カーテン状の壁面に小さなセルフポートレートを600枚も展示する演出が印象的でした。森村さんの作品の持つ、報道写真や名画に自分が成り代わるというテーマが強烈で、いつも心を揺さぶられてしまいます。展示されていた、森村さんが作品を制作する姿をとらえた映像も衝撃的で、狂気や緊迫感が凄まじかったです。

──お気に入りの美術館があれば教えていただけますか。

 あまりにもたくさんあって選ぶのが大変ですが、東京ならアーティゾン美術館でしょうか。初心者にも優しく、教科書に載っているような作品も常設展示されていて、東京駅からのアクセスも良いですよね。

 地元九州の福岡市美術館九州国立博物館も、思い出があるので好きですね。箱根のポーラ美術館や箱根ガラスの森美術館、あと仏像がたくさん見られる奈良国立博物館もおすすめです。

アーティゾン美術館

VTuberだからこそ伝えられる美術の魅力

──VTuberとして活動し始めた当初から、美術や工芸、古典芸能の知識を活かした動画を制作するという方向性は決まっていたのでしょうか。

 VTuberになるためのオーディションを受けるとき、文化の魅力を広めるというのは活動のテーマのひとつにしたいと伝えました。じつは学芸員課程を学ぶなかでとくに惹かれたのが広報と教育普及で、その分野を仕事にしたかったんです。実際に美術館職に就くことはありませんでしたが、美術館の外にいるVTuberという立場だからこそできる、美術の広報や教育普及があるのではないかと考えるようになりました。

──これまでに美術館入門から印象派や国宝、現代美術の解説、さらに学芸員を目指す方に向けての配信など、美術をテーマに本当に様々な配信を行ってきました。ユーザーの反応はどのようなものでしょうか。

 自分では当たり前だと思って話していることに、リスナーさんが「えっ、何それ?」とポジティブな反応をくださるんです。そういった反応を見ながら、「じゃあ今度はこの話をしようかな」「次はこんな企画をやってみようかな」と思いつくことが多く、そのやり取りがとても楽しいです。

 ヨハネス・フェルメールや、葛飾北斎をはじめとした浮世絵、あと印象派などは関心を持たれやすいテーマですよね。そこを取っかかりに、自分が話しやすい題材を選んでいます。例えば私は写真を学んできたので、印象派が生まれた時代の背景として欠かせない写真との関係性などを解説してみたりすると、「発見があった」という声が多くてやりがいがあります。

 なかでもいちばん嬉しいコメントは「動画を見て学校の行事以外で初めて美術館に行った」とか「美術館に習慣的に行くようになった」「次の展示をチェックするようになった」といった声ですよね。私の配信で美術に興味を持ってもらって、それがリスナーの日々の彩りになっているのだとしたら、すごく嬉しいと思いました。

──逆に、歌やゲーム配信といったVTuberとしての活動のなかで、美術の知識が役に立つことはありますか。

 ゲーム配信で建築の勉強が役立ったことはあります。例えば『ポケモン レジェンズ アルセウス』(任天堂)の実況では、明治以降の建築様式が背景に使われていて、その解説がリスナーさんから新鮮だという声をいただけたり。

 あとは写真を学んでいたので、ゲームの演出としての照明やカメラワークはすごく気になります。洞窟から外に出たときの露出の調整など、細かいところに気が遣われていると嬉しくなってしまって。もともとゲームは全然やったことがなかったので、最初に配信をやるときは戸惑いましたが、いまでは自分の知識を活かして独自性のある配信ができるようになったのが嬉しいですね。

アートの楽しみをより多くの人に

──今年6月にリリースされたパズルゲーム『ピクロス™ 儒烏風亭らでんがご案内!ピクセルミュージアム』(ジュピター)についてもうかがいたいです。企画はどのように始まったのですか?

 最初は「らでんさん、ゲームやりませんか?」と軽く声をかけられただけだったので、最終的にこんな大きな企画になるとは思っていませんでした。ゲームの制作会社さんが私の配信や動画をよく見てくださっていて、そこで扱ったことのある作品や関連する題材をピックアップし、最終的に私が選んだものをパズルに落とし込んでいきました。

 完成したら本当に素晴らしいゲームになっていましたし、このゲームをきっかけに美術や美術館、日本の伝統文化や落語などにも興味を持つ人が増えると嬉しいです。じつはピクロス(ピクチャー・クロスワード)をやったことがなくて、純粋にハマってしまい、手にした初日は寝不足になってしまいました(笑)。

──最後に、らでんさんにとって芸術とは何か、教えていただけると嬉しいです。

 ひとことで定義することが難しいからこそ、私は芸術が好きなんだと思います。日々、新たな芸術のかたちが模索され、それまでの歴史をまとめたり、さらにそれを批判的な立場から壊してみたり、といったたくさんの人たちの営みが芸術を成り立たせている。つねに変動していて不定形だからこそおもしろいんです。

 ひとつの答えが決まっているのではなく、つくる人、携わる人、そして見る人によってかたちや言葉が紡がれてきたからこそ、私にとってはすごく魅力的です。これからも、その魅力を伝えるお手伝いができたらいいですね。