2026.10.19

展覧会は、誰の手でつくられる? 美術館の舞台裏と女性たちのキャリアを知る「BEHIND THE MUSEUM―庭園美術館で広がる私の可能性―」

美術館の舞台裏で活躍する女性の仕事とキャリアの魅力を発信するイベント「BEHIND THE MUSEUM―庭園美術館で広がる私の可能性―」が、2026年9月5日、東京都庭園美術館で開催された。展覧会は、美術館の学芸員だけでなく、運搬、施工、展示など多様な職種によって支えられている。そこで働く女性たちは、どのように仕事と出会い、キャリアを築いてきたのだろうか。また、仕事内容はどのようなものなのか。働く女性を支援する総合拠点「はたらく女性スクエア」と東京都庭園美術館のコラボレーションとして行われた、本イベントの様子をレポートする。

文=肥髙茉実 撮影=平舘平

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 美術館で展覧会を観るとき、私たちの目に触れるのは、作品と、それらが置かれた展示空間だ。しかし、その風景が生まれるまでには、企画や作品選定だけでなく、運搬、設計・デザイン、施工、展示など、数多くの専門的な仕事が関わっている。

 9月5日、東京都庭園美術館で開催された「BEHIND THE MUSEUM―庭園美術館で広がる私の可能性―」は、そんな美術館の舞台裏を支える人々に光を当てるイベントだ。

東京都庭園美術館 新館 外観 写真提供:東京都庭園美術館

 東京都が運営する働く女性を支援する総合拠点「はたらく女性スクエア」と東京都庭園美術館のコラボレーションによって実現した本イベント。第1部では、美術館とも関わりの深い、建設・運輸業界等で活躍する女性たちが仕事内容や魅力、これまでのキャリアを語った。第2部では、展覧会ができるまでの会場づくりの工程が、リレートークと設営デモンストレーションを通して紹介された。

 開会の挨拶で、東京都の松本明子女性活躍推進監は、女性一人ひとりの活躍を後押しする東京都の取り組みや、「はたらく女性スクエア」におけるキャリア相談などの支援を紹介。「女性が活躍できる社会は、誰もが活躍できる社会」と述べ、すべての女性の挑戦を応援していくとのメッセージを伝えた。

松本明子女性活躍推進監による挨拶

「力仕事」のイメージを越えて。建設・運輸の仕事を選んだ理由とは

 同イベントの実施背景にあるのは、建設業や運輸業における女性就業者の少なさだ。東京都によれば、2025年の都内就業者に占める女性の割合は、建設業で約21パーセント、運輸業で約24パーセントに留まる。冒頭、司会が「建設・運輸業界に対して“力仕事で大変そう” “ハードルが高そう”という印象がある人はいますか」と会場に問いかけると、多くの手が挙がった。

 第1部「建設・運輸業界で活躍する女性たちが語る―私がこのしごとを選んだ理由―」には、株式会社安藤・間の大島実穂氏、株式会社丹青ディスプレイの髙橋悠花氏、ヤマト運輸株式会社の武藤麻衣子氏、そして「はたらく女性スクエア」で社外メンター・多様な働き方相談員を務める宮下美沙子氏が登壇した。

壇上左から、宮下美沙子氏(はたらく女性スクエア社外メンター・多様な働き方相談員)、大島実穂氏(株式会社安藤・間)、武藤麻衣子氏(ヤマト運輸株式会社)、髙橋悠花氏(株式会社丹青ディスプレイ)

 「美術館や博物館の展覧会施工の仕事は、現場で壁や展示台をつくることだけではない」と話すのは、丹青ディスプレイの髙橋氏。顧客からの相談対応をはじめ、予算の試算、工程管理、図面作成、協力会社への発注、現場管理まで、展覧会がかたちになるまでの幅広い工程を一貫して担っている。

 幼少期から歴史が好きだった髙橋氏は、展示空間を通して歴史や文化を空気感ごと伝えられる点に魅力を感じ、この仕事を志したという。今年4月には江戸東京博物館のリニューアル記念特別展を担当。4年間の改修休館明け1回目の展覧会として注目を浴びる同展に、髙橋氏はコンペの段階から施工現場まで一貫して携わった経験を、印象深い仕事のひとつとして紹介した。

 いっぽう、ヤマト運輸で美術品の輸送・梱包・展示に携わる武藤氏は美術大学の出身。美術館の学芸員補助をしていた際、偶然目にした美術品輸送の仕事に強い興味をもち、最初はアルバイトとしてその世界に飛び込んだ。美術品の輸送というと、大きな作品を運ぶ力仕事を想像しがちだが、実際には、一点ごとに異なる状態や素材を見極め、安全な輸送方法を判断する繊細な仕事だと話す。

 武藤氏が語ったのは、仕事の技術面だけではなく、チームで働くことへの意識の変化。大切な作品を預かる責任から、当初は「事故を起こさないために自分が細部まで把握し、最後まで責任をもたなければならない」と考えていたという。しかし、チームのリーダーになったことで、ひとりですべての業務を抱えるのではなく、周囲の専門性を信頼し、任せることの大切さに気づいたと振り返った。

仕事は技術面のみならず、チームメンバーを信じて任せることも大切であると武藤氏は語る

 安藤・間の大島氏は、建物の安全性を計算によって支える構造設計からキャリアをスタート。子供の頃、道路沿いの自宅がよく揺れた経験から、安心して住める丈夫な家をつくる仕事に関心をもったという。入社6年目には本社から東北支店へ異動。周囲に構造設計の専門家が少ない環境で、自らが相談を受ける立場になった経験は、キャリアの大きな転機となった。

 その後、人事部へ異動し、女性活躍推進を担当。技術職として歩んできた大島氏は当初、異動に抵抗もあったというが、人や組織に向き合う仕事の難しさと奥深さを知る転機となった。また、安藤・間では、育児休暇後に現場復帰を希望した社員が、現在は現場所長として活躍している事例も紹介された。女性のライフステージに応じた社内支援や、柔軟な働き方を後押しする職場づくりが進められている。

 ゼネコンで土木の施工管理・設計を経験し、その後、メーカーで海外駐在や人材開発に携わってきた宮下氏は、現在「はたらく女性スクエア」の社外メンターとして、働く女性のキャリア相談に応じている。もともとは英語に苦手意識があり、海外で働くことを考えたこともなかったが、家族の後押しを受けて海外駐在に挑戦。自分自身の思い込みが選択肢を狭めていたことに気づいたと振り返る。宮下氏が強調したのは、迷ったときにひとりで答えを出そうとせず、誰かとの壁打ちを通して、自分の軸を言葉にしていくことの大切さだった。

宮下氏は、自分の限界を自分で決めず、何事にも挑戦してみることの重要性を自身の経験を踏まえて述べた

 4人の歩みはそれぞれ異なる。幼少期からの関心、偶然の出会い、異動や育児、苦手意識のあった仕事への挑戦。そこから浮かび上がったのは、キャリアは必ずしも一本の直線ではなく、当初は想定していなかった経験が、その後の選択肢を広げることもあるということだ。宮下氏は、キャリアに迷ったときには、普段なら素通りする勉強会に参加したり、誰かに相談したりするなど、いつもとは異なる行動を取ってみることもひとつの方法だと話した。

 話題は、女性が働く環境の変化にも及んだ。女性従業員の増加に加え、女性専用トイレの整備や時差出勤・振替休日、デジタルツールを活用した働き方など、現場で進む変化が紹介された。いっぽう、制度が充実してきたとはいえ、「本当に使ってよいのか?」という心理的なハードルや、出産・育児などライフステージの変化まで見通すと、将来の働き方をイメージしにくいといった課題も残る。

 こうした課題を考えるうえで重要になるのが、自分の将来を具体的に想像できる身近な先例だ。大島氏は、ひとりの理想像を示すのではなく、様々な働き方をする複数のロールモデルが見えることの重要性を語った。

ミリ単位で詰めていく。展覧会設営の現場を体感する

 第2部「仕事の魅力を体感―美術館の裏側を覗こう―」では、第1部にも登壇した髙橋氏、武藤氏と、東京都庭園美術館副館長の牟田行秀氏が、展覧会が開幕するまでの工程をリレートークとデモンストレーションで紹介した。

第2部の進行を務める牟田氏(東京都庭園美術館副館長)

 髙橋氏によれば、施工管理の仕事は、実際に会場を組み上げる設営期間だけで完結するわけではない。顧客の意図を最大限反映させたマネジメント、施工の受注後、発注手配や会場設営、作品展示、ライティングなど、開幕までには複数の工程があり、数ヶ月にわたって準備が進められていく。私たちが開幕後に目にする展示空間は、そうした積み重ねの先に生まれている。

丹青ディスプレイ・髙橋氏による展覧会の壁立ての実演

 当時開催中だった「ルーシー・リー展 ―東西をつなぐ優美のうつわ―」(7月4日〜9月13日)では、約70台の展示台を制作し、木工、アクリル、グラフィック、床工事など8社の協力会社が関わったという。東京都庭園美術館ならではの難しさは、重要文化財に指定されている本館を傷つけずに展示空間をつくることにある。通常の展示会場のように必要な場所へ自由に釘やビスを打つことができないため、壁を新たに建てる際には重りを用いて自立させ、搬入時には柱や角を丁寧に養生するなど、既存の建築を守りながら設営を進める必要があるのだ。

 さらに、ルーシー・リー展で使われた展示台の細部も紹介された。水面のような爽やかさを表現するため、複数のサンプルを制作し、光の反射や映り込みを比較。検証を重ねた結果、白い化粧板の上に、透明度があるライトミラーシートを貼ることで、柔らかな映り込みをつくり出したという。完成後の展示からは見えにくいが、ひとつの質感を決めるまでにも、こうした試行錯誤が重ねられているのだ。

ヤマト運輸・武藤氏による梱包の実演風景

 続いて武藤氏は、美術品を安全に運ぶための梱包を実演した。使用するのは、表面がつるつる、裏面がざらざらした「薄葉紙」と、「綿枕」と呼ばれる綿製の緩衝材。作品を薄葉紙で包み、その上から綿枕で保護するほか、薄葉紙は緩衝材や紐として使うこともある。たんに壊れないように包むのではなく、作品の素材や形状に応じて梱包方法を考える工程にも、専門的な知識と経験が求められる。

展覧会会場の設営は、担当学芸員との綿密なコミュニケーションによって決定される

 絵画を壁に掛け、キャプションを取り付けるまでの工程も披露された。まず中央の作品を基準に全体の配置を決め、鑑賞者の目線、いわゆるアイレベルを想定して高さを調整する。当日はアイレベルを床から147センチに設定した。吊り紐の位置やたわみから金具を取り付ける高さを割り出し、レーザー墨出し器で位置を示していく。額そのものにわずかな歪みがある場合には、最後は人の目でも水平を確認し、ミリ単位で調整するという。

 キャプションは、額の下8〜10センチ程度を目安にしながら、額縁の装飾がつくる影なども考慮して位置を決める。展覧会で自然に目にしている作品の高さやキャプションの位置も、こうした細かな判断を積み重ねた結果だ。

参加者に配布された設営に関する資料。ヤマト運輸のメンバーは、作品の設置場所や作品同士の距離を暗算で素早く計算して調整を行う

 一連の実演で印象的だったのは、計測だけで作業が完結するわけではないということ。数値を基準にしながらも、最後は作品の見え方や額の状態を人の目で確かめ、微調整を加えていく。参加者のひとりは、そのミリ単位の精度に「素晴らしい職人技」と驚きの声を上げた。

参加者による展覧会設営体験も実施された。水平が取られたレーザーの印にあわせて、作品の位置を調整していく
こちらも水平にあわせて、キャプションを貼付していく

 希望者は、作品展示やキャプション貼付の工程を体験した。担当者の説明を受けながら実際の作業に加わることで、完成した展示を見るだけではわからない、わずかな位置の違いを詰めていく難しさを実感する機会となった。

 第1部で言葉として語られた「専門性」や「チームでつくる仕事」は、第2部の実演によって、手の動きや道具、数ミリ単位の調整を伴う具体的な仕事として見えてきた。展覧会で普段何気なく目にしている壁や作品の高さ、キャプションの位置も、複数の専門職による判断と技術によって成り立っている。

「知らなかった仕事」を、次の選択肢へ

 イベントの最後には、登壇者との交流会と「はたらく女性スクエア」によるキャリア相談も行われた。仕事について知るだけではなく、その気づきを自分自身の働き方やこれからの選択へと話をつなげられる構成だ。

 大学院で美術館に関する研究をしているある参加者は、美術館関連の就職先の少なさに悩んでいたという。一般企業で美術館に関わるためには、さらに専門を学び直さなければならないと思っていたが、登壇者たちの多様な経歴を聞き、「興味のあるところに一度飛び込んでみることの大切さを感じた」と話した。

 また、編集の仕事に携わる別の参加者は「自身が別の職種へ転じるよりも、展覧会が多くの職人や専門職の手によってつくられていることを、発信する側としてより多くの人に伝えていきたいと思った」と話した。

 美術館には、作品を見るために訪れる。しかし、その作品と出会う環境もまた、誰かによって設計され、つくられ、守られている。「BEHIND THE MUSEUM」が見せたのは、そうした展覧会の舞台裏だけではない。これまで知らなかった仕事の具体に触れることは、自分自身の働き方やキャリアの可能性を見つめ直すきっかけにもなる。美術館の舞台裏を知ることと、自分のこれからを考えること。今回のイベントは、その2つをつなぐ場となっていた。