ミリ単位で詰めていく。展覧会設営の現場を体感する 第2部「仕事の魅力を体感―美術館の裏側を覗こう―」では、第1部にも登壇した髙橋氏、武藤氏と、東京都庭園美術館副館長の牟田行秀氏が、展覧会が開幕するまでの工程をリレートークとデモンストレーションで紹介した。
第2部の進行を務める牟田氏(東京都庭園美術館副館長) 髙橋氏によれば、施工管理の仕事は、実際に会場を組み上げる設営期間だけで完結するわけではない。顧客の意図を最大限反映させたマネジメント、施工の受注後、発注手配や会場設営、作品展示、ライティングなど、開幕までには複数の工程があり、数ヶ月にわたって準備が進められていく。私たちが開幕後に目にする展示空間は、そうした積み重ねの先に生まれている。
丹青ディスプレイ・髙橋氏による展覧会の壁立ての実演 当時開催中だった「ルーシー・リー展 ―東西をつなぐ優美のうつわ―」(7月4日〜9月13日)では、約70台の展示台を制作し、木工、アクリル、グラフィック、床工事など8社の協力会社が関わったという。東京都庭園美術館ならではの難しさは、重要文化財に指定されている本館を傷つけずに展示空間をつくることにある。通常の展示会場のように必要な場所へ自由に釘やビスを打つことができないため、壁を新たに建てる際には重りを用いて自立させ、搬入時には柱や角を丁寧に養生するなど、既存の建築を守りながら設営を進める必要があるのだ。
さらに、ルーシー・リー展で使われた展示台の細部も紹介された。水面のような爽やかさを表現するため、複数のサンプルを制作し、光の反射や映り込みを比較。検証を重ねた結果、白い化粧板の上に、透明度があるライトミラーシートを貼ることで、柔らかな映り込みをつくり出したという。完成後の展示からは見えにくいが、ひとつの質感を決めるまでにも、こうした試行錯誤が重ねられているのだ。
ヤマト運輸・武藤氏による梱包の実演風景 続いて武藤氏は、美術品を安全に運ぶための梱包を実演した。使用するのは、表面がつるつる、裏面がざらざらした「薄葉紙」と、「綿枕」と呼ばれる綿製の緩衝材。作品を薄葉紙で包み、その上から綿枕で保護するほか、薄葉紙は緩衝材や紐として使うこともある。たんに壊れないように包むのではなく、作品の素材や形状に応じて梱包方法を考える工程にも、専門的な知識と経験が求められる。
展覧会会場の設営は、担当学芸員との綿密なコミュニケーションによって決定される 絵画を壁に掛け、キャプションを取り付けるまでの工程も披露された。まず中央の作品を基準に全体の配置を決め、鑑賞者の目線、いわゆるアイレベルを想定して高さを調整する。当日はアイレベルを床から147センチに設定した。吊り紐の位置やたわみから金具を取り付ける高さを割り出し、レーザー墨出し器で位置を示していく。額そのものにわずかな歪みがある場合には、最後は人の目でも水平を確認し、ミリ単位で調整するという。
キャプションは、額の下8〜10センチ程度を目安にしながら、額縁の装飾がつくる影なども考慮して位置を決める。展覧会で自然に目にしている作品の高さやキャプションの位置も、こうした細かな判断を積み重ねた結果だ。
参加者に配布された設営に関する資料。ヤマト運輸のメンバーは、作品の設置場所や作品同士の距離を暗算で素早く計算して調整を行う 一連の実演で印象的だったのは、計測だけで作業が完結するわけではないということ。数値を基準にしながらも、最後は作品の見え方や額の状態を人の目で確かめ、微調整を加えていく。参加者のひとりは、そのミリ単位の精度に「素晴らしい職人技」と驚きの声を上げた。
参加者による展覧会設営体験も実施された。水平が取られたレーザーの印にあわせて、作品の位置を調整していく こちらも水平にあわせて、キャプションを貼付していく 希望者は、作品展示やキャプション貼付の工程を体験した。担当者の説明を受けながら実際の作業に加わることで、完成した展示を見るだけではわからない、わずかな位置の違いを詰めていく難しさを実感する機会となった。
第1部で言葉として語られた「専門性」や「チームでつくる仕事」は、第2部の実演によって、手の動きや道具、数ミリ単位の調整を伴う具体的な仕事として見えてきた。展覧会で普段何気なく目にしている壁や作品の高さ、キャプションの位置も、複数の専門職による判断と技術によって成り立っている。
「知らなかった仕事」を、次の選択肢へ イベントの最後には、登壇者との交流会と「はたらく女性スクエア」によるキャリア相談も行われた。仕事について知るだけではなく、その気づきを自分自身の働き方やこれからの選択へと話をつなげられる構成だ。
大学院で美術館に関する研究をしているある参加者は、美術館関連の就職先の少なさに悩んでいたという。一般企業で美術館に関わるためには、さらに専門を学び直さなければならないと思っていたが、登壇者たちの多様な経歴を聞き、「興味のあるところに一度飛び込んでみることの大切さを感じた」と話した。
また、編集の仕事に携わる別の参加者は「自身が別の職種へ転じるよりも、展覧会が多くの職人や専門職の手によってつくられていることを、発信する側としてより多くの人に伝えていきたいと思った」と話した。
美術館には、作品を見るために訪れる。しかし、その作品と出会う環境もまた、誰かによって設計され、つくられ、守られている。「BEHIND THE MUSEUM」が見せたのは、そうした展覧会の舞台裏だけではない。これまで知らなかった仕事の具体に触れることは、自分自身の働き方やキャリアの可能性を見つめ直すきっかけにもなる。美術館の舞台裏を知ることと、自分のこれからを考えること。今回のイベントは、その2つをつなぐ場となっていた。